まえがき
2007年11月M-1東京予選2回戦の「ワタルwithオカン」の漫才は、ワタルの自己紹介、ワタルwithオカンの結成秘話で始まりました。
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ワタル:「どうも~ワタルwithオカンです。」
オカン:「ワタルは4人兄弟の末っ子で、1985年の11月9日5時45分に生まれました。」
ワタル:「僕は、お母さんと漫才をするために生まれてきました。」
オカン:「あんた何言ってんの~。あんたが友達おらへんから、お母さんが相方になってるんやろ~。」
ワタル:「ほんまのこと言わんでええやんけ~。いらんこと言うなや。」
オカン:「ほんまのことやから、しかたないやろ~!」
ワタル:「うるさいなぁ・・・、オカン!」
オカン:「なんやマザコン!!」
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実の母子であることがそのままツカミとなる実の母子漫才コンビ「ワタルwithオカン」。「偽」「嘘」「騙」が世にはびこり、「絆」の希薄化が嘆かれる今の時代に突如現れた史上初の母子漫才コンビ。この【おいたち】のコーナーでは、漫才を通して「親子のあたたかさ」「親子の絆」を伝え続ける「ワタルwithオカン」の結成から現在に至るまでの真実の歩みを、節目ごとに不定期に更新していきます。
第1章 「ワタルwithオカン」 結成
二人の運命を大きく変えたのは9月。
まもなく大学3年になろうとしていたワタルは、周囲の仲間たちと同じように将来の進路について考えるようになります。「自分は何になりたいのだろう?」「一度しかない人生。悔いの残らない人生を送りたい。」・・・悩み考えた末に辿り着いた答えが、『人を笑いで喜ばせられる人間であり続けたい』ということ。そして、【漫才コンテストの最高峰「M-1グランプリ」への挑戦】でした。ワタルは【M-1挑戦】の夢を叶えるために相方探しを始めました・・・。
・・・かくして、人を笑いで喜ばせたいワタルの夢への情熱と、息子の夢を叶えてあげたいオカンの深い愛情によって、史上初の母子漫才コンビ「ワタルwithオカン」は、2005年8月28日に結成されました。しかし、時はすでにM-1予選本番2週間前まで迫っていました・・・。
残念ながら、「ワタルwithオカン」は「麒麟」「笑い飯」「千鳥」などのシード組も参戦する2回戦予選で敗退しました。しかし、過去に前例のないその母子漫才コンビは、一夜にして大阪のお笑いフリーク達に強烈な印象を残し、その存在を知らしめることとなりました。
第2章 NSC(=吉本総合芸能学院)入学
2006年春。ワタルは本格的に笑いの道に進むべく、高校時代から憧れていたNSC大阪校への入学を決意し、願書を提出します。しかし、昨年のM-1によって笑いに目ざめたのはワタルだけではありませんでした。M-1で相方を務めたオカンは、「たくさん笑ってもらえたことでこれまでの生活にはない充実感を得られた」ことで、ワタルに内緒でNSCに出願していたのでした。ちょうどワタルwithオカンが入学するNSC29期より、「25歳以下」の年齢制限が撤廃されていたため、初の親子そろっての入学が決まりました。オカンの51歳での入学は、もちろんNSC史上最高齢でした。体力的にも不安もありました。しかしそれ以上に、「だれや、このオバハン」という周囲の空気がありました。しかしオカンは、「NSCにワタルと入れてもらえて本当に幸せ」という思いをかみしめながら、発声練習やダンスに取り組み、ワタルが大学の授業で来られないときも、1人でレッスンに出席しました。ワタルのほうも、「最初はマザコンやと思われて辛かったけど、しだいにオイシイと思うようになった」と大学とのWスクールをオカンとともに精力的にこなしました。また、自宅でも二人は“うまい棒”のパンチングドールをマイクに見立てて猛練習に励みました。
その成果は少しずつ形になりました。
■「ワッハ上方アマチュア演芸コンクール」で審査員特別章受賞
■「新人お笑い尼崎大賞」で奨励賞
と、たて続けてアマチュアの漫才コンクールでの受賞を果たしました。
また、その母子漫才コンビの活動の波紋は少しずつ広がり、メディアからの注目も少しずつ上がってきました。
「女性自身」「神戸新聞」「産経新聞」「サンケイスポーツ」などの紙メディア、そして「ザ・ワイド(日テレ)」「スーパーJチャンネル(テレ朝)」「スーパーニュース(フジ)」などの情報番組で特集を組まれるようになり、大阪のお笑いフリークだけではなく、少しずつ全国にその知名度は上がっていきました。この頃から、ワタル自身も「親子漫才 ワタルwithオカンの成長」なるブログをスタートさせ、自身の認知UPへの活動を開始します。
そして迎えた2回目のM-1挑戦。しかし、結果は2年連続での2回戦敗退・・・。アマチュア内での戦いには勝てても、シード組が加わるプロとの決戦になる2回戦では勝てない現実。ワタルwithオカンは実力不足と、さらなる努力と成長の必要性を感じます。
2007年3月。しかしながら、1年通ったNSCを親子で無事卒業。同時に、いよいよ若手芸人のホームグラウンド「baseよしもと」の舞台に挑みます。若手芸人の登竜門であり、このオーディションに合格することで、吉本とプロ契約ができるのです。ワタルが彼女の誕生日にプレゼントする花は何がいいかをオカンに相談する「花」のネタ。オカンのダイエットエピソードを実話に基づいて話す「オカンの自己紹介」のネタ。パターンを変えて、「baseよしもと」の舞台に何度も挑むワタルwithオカンですが、オーディション合格には至りません。しかし、ワタルwithオカンは挑戦することをやめません。二人はTVの特集内で次のように答えています。
ワタル「1日でも長く、オカンと『ワタルwithオカン』を続けていきたい。」
オカン「漫才を通して、“親子のあたたかさ”をワタルと伝えていきたい。」
日常生活がベースの二人のネタ。ワタルがツッコミ、オカンが体を張ってボケる。笑いの一方で、母子の仲のよさも伝わってくる不思議な漫才。本当の勝負はこれから・・・。
第3章 母子漫才 東京へ
オカンは前回1回戦を突破したときに「幸せ」と言っていました。 オカンは今回2回戦で敗退したときも「幸せ」と言っていました。 ワタルと漫才をしていること。そして家族で居酒屋にこれることをオカンは「幸せ」と言っていました。M-1で敗退したことは確かに悔しい結果です。 でもその悔しさ以上に、 その期間の親子の触れ合いの時間が、 オカンにとっては何よりも幸せだったようです。







